ムツゴローさんより「ハーバービジネスオンラインに掲載された菅野完氏の投稿です。是非大勢の方に読んでいただきたい」

支持率下落。菅首相に徹底的に欠如した「ある要素」
<著述家・菅野完氏> | ハーバー・ビジネス・オンライン
https://hbol.jp/237158
2021-01-20_18h57_50
年明けの世論調査で内閣不支持率が支持率を上回る。
 支持率と不支持率が逆転したといえどもほぼ拮抗状態にあることに着目し、あえて世論調査の結果をまとめて一つの意見のように表現すれば「内閣総理大臣本人と内閣の政策は気に食わないが、今の与党である自民党の政権だし特に理由ないけれども、とりあえず仕方なく支持しておこう」が、”マスの民意”というところだろう。言い換えれば、「菅義偉の存在さえなければ、もっと支持できるのに」と言われているようなものだ。これでは、菅義偉を総理総裁と戴いて選挙を戦うことなど到底考えられまい。

本当に何もしてこなかった菅政権。

  暗く、つまらなく、指導力がなく、期待する要素もない……。なんとも救いようのないところで、菅政権に対する”マスの民意”と”プロ筋の見方”が合致している。「見放された」と評するしかなくなるのも時間の問題だろう。

 だがこれは、決して移ろいやすい人心に責任があるわけではない。政権発足後から四ヶ月がたとうとしているものの、菅義偉総理は何もしていない。いやむしろ、「何かをなすことを避けている」と言っても過言ではないだろう。コロナ対策やそれに伴う予算審議と法改正審議が山積みなのにも関わらず、国会は開かれず、総理が公の場所には姿を見せることがない。たまに姿を見せたと思えば、記者会見やネットやテレビの番組だ。そこでも質問に答えることもないし、口を開いて何事かを発声はしているものの、その内容には意味がない。どこにいるかもわからず、何も語らず、語ったとしても何を言っているのかわからないのだから、評価せよという方が無理というものだ。”何もしない人”が、暗く、つまらなく、指導力がなく、期待する要素もないと断ぜられてしまうのは、自然の成り行きだろう。評価する側の僻目ではない。何もしない菅義偉に責任があるのだ。


安倍政権で官房長官を務めていた菅さんは、「私」としての発言が出来ない。

 官房長官の職責は「内閣および政府の見解を公表すること」だ。官房長官は、語ることの主語を「内閣」や「政府」に限定し、「内閣としては」「政府としては」と語ることが求められる。菅はこの職責を果たすことはできた。だが、総理ともなればそうはいかない。どの局面でも総理は、「総理の見解」を求められる。総理の職責とは、いついかなる時も「私」を主語にし、「私の見解」を述べることなのだ。しかし菅義偉にはどうしてもそれができない。いや、そもそもその経験も能力も欠如していると表現したほうが正確だろう。


菅さんの能力不足は、与党自民党そのものの問題。
 コロナ禍という国難に際し、日本は、およそ総理の能力のない人間を総理に頂く不運に見舞われた。菅義偉が総理総裁に就任したこと自体は、自民党の党内政局の帰結なのだろう。しかしそれは、与党たる自民党が、この国難に際し有権者に提示できるとして、明らかに経験が浅く総理としての能力に欠ける菅義偉しか持ち合わせていなかったということでもある。

 だとすると、組織としての自民党の責任は極めて重い。自己の組織の代表として、総理としての能力に欠ける人物しか担げぬというのならば、菅義偉だけでなく、自由民主党そのものが、”暗く、つまらなく、指導力がなく、期待する要素もない”との評価を受ける日が来るのも、時間の問題だろう。