「平和のための埼玉の戦争展」 7月29日(土)~31日(月)
浦和駅前 コルソ7Fホール 無料
10:30~18:00 (最終日は15:30まで)

どりあんさんより
私たちひだまり担当の「原発と原爆は同じ」「福島を忘れない」
中身の濃い展示ですので、是非じっくりごらんください
私は 30・31日に解説に入る予定です

今年は東京新聞の望月衣塑子記者が
「加速する軍産複合体「軍学共同」とどう向きあうか…?」のお話をしてくださいます。
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ダウンロード用チラシ

戦争の実相についての、どりあんさんの6/23のコメントを転載します。

6月23日は「沖縄慰霊の日」

モーニングCROSS TOKYO MX(9チャンネル)で
古谷経衡さんが「沖縄戦と大田昌秀氏(元沖縄県知事)」についてお話してくれました
(彼は冷静に過去の検証をするのでいつも勉強になります 右系ですが)

大田元知事は、今月12日に亡くなられましたが、翁長知事は来月県民葬をすることにしたそうです

太田さんは、1945年4月1日 沖縄本島に米軍が上陸した時
第32軍(日本軍司令部)の命令により「鉄血勤皇隊」に編成された(当時19歳)

「鉄血勤皇隊」は兵員不足を補うための 男子学生部隊(約1300名)
女子学生は看護部隊に(約540名)
14?19歳くらいの学生たちです

4月1日 首里城の第32軍司令部(千早部隊として軍と市民の間の広報担当)
5月22日 首里城放棄 南下(軍と共に南下)
6月23日 摩文仁司令部 玉砕(この日が慰霊の日)
     摩文仁陥落後、「兵士と共にゲリラ戦をせよ」との命令により
    東風平(こちんだ)村で潜伏
9月23日 投降 捕虜になる

19歳の太田さんの終戦は 日本の終戦より後だった

太田さんが守ろうとしたのは
「県民の生命・財産・祖先からの土地・沖縄の伝統と文化」

基地反対と言ったとたんに「左翼」と決めつけたのはおかしい

沖縄戦没者 沖縄県以外の出身は?
北海道  10803名
福岡    4030名
東京    3516名

沖縄戦を我がこととして しっかり考えてほしい